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2020.08.20

その他

『リアルタイム産地』九州豪雨 人吉災害支援 -自然栽培農家たちの決意と未来のために その⑤-

この記事を書いた人: ピュアリィ
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発災日の10日前、人吉の自然栽培農家 西弘敬さん、植田和久さんと彼らの田畑でこう誓った。

「高齢化で、もう自分たちしかこの辺りの農地を守れる人材はいなくなっているんですよ。だから、やるんです!そしてやるなら『自然栽培』と決めている。」その姿勢はこの7年間全くブレずに、土づくりや種採りを続け今日まで来た!松岡隼人(現人吉市長)さんも、市議時代からそれを実践してきた仲間。その西さんたちの自宅も田畑もすべて土砂で埋め尽くされ流された。それでも彼らは言う「何年たっても、自然栽培で人吉に雇用を生み再生する」と。

ピュアリィは、自然栽培全国普及会九州ブロックとして、これまで同様支援を続けます。どうぞご理解ご協力くださいますように、よろしくお願いいたします。

文 反後人美

私が被災地支援で人吉に入ったのは、水害から2週間たってのことでした。

当日、高速を降り人吉の町に入ってまず驚いたのは、被害の広さでした。私がテレビや新聞で見聞きしていた情報では一部の地域が被害を受けていると思っていましたが、目的地までの5キロぐらいの道のり全てで被害を受けていたので、報道以上の広さで被害を受けているのだと認識できました。

支援をさせていただく自然栽培農家の西さん宅に到着して、早速作業を開始しましたが、2週間経ってもなお、家の中の押し入れやお風呂、トイレなどにまだ流されてきた土砂が「約40センチ」もの高さまで積もっていました。土をかき出すのは男性の私でもとても大変な力仕事でした。その中には、割れたガラス、流れてきた木々や家の木材なども混ざっていて、災害ゴミ処理場に持ち込むためには、それを分別しないといけないので、その作業もとても大変でした。また、その土砂の中には、もったいないことに西さんが収穫されたお米の入った袋が4~5袋(約150㎏ほど)まざっており、水害から2週間水に浸かっていたためか、酸っぱい匂いと泥水の匂いが混ざって、マスクはしていましたが匂いがきつく感じました。

そんななか作業を進めていると、散らばったお米から芽が出ているのを発見しました。「見てください!!」驚きのあまり作業を一緒にしている仲間を大声で呼んでいました。

被害を受けた「お米」が土砂の上で、必死に根をはり芽を出している姿には、改めて生命の力強さに驚きを感じました。本当に残念ながらたくさんの命を奪った今回の水害ですが、なんとか生き残った人や植物は、また再生しようと必死で頑張っていました。

今回、現状を見て復興にはまだまだ時間がかり、継続的な支援が必要だと感じました。現場に人が出向いて行う人的な支援、物資の提供や募金活動などを通じてできる金銭面などでの支援、私たちができるすべての支援をひとつでも多く行い、被災した地域がまた元通りの生活にできるだけ早く戻るよう願っております。

文 本社:池田 裕輔

災害発生から約2週間が経過した段階でのボランティア。高速は通常通り走行できる状態に回復していたものの、車の中から外を眺めていると、ところどころがけ崩れが発生したり、川によって浸食されたりしている場所が目に付くのが印象的でした。高速を降りてからは普段と変わらない風景が続いていましたが、人吉の中心部に近づくと道の脇に泥まみれの日用品や家屋の一部と思われるものが、まだまだ積まれている状態。先週から支援に入っている人に聞くと、かなり片付き、道も走りやすくなったということですが、今まで見たことがない光景でした。

西さんのお宅についてからは、家の周囲にまとめてあるごみを分別して、トラックに積み込む作業を手伝いました。西さん宅は、扉や窓はなく、家の中を見渡すと、床はほとんど骨組みだけの状態になっていました。さらに床板が残っている部屋にはまだ土砂が30~40㎝ほど残っていて、被害の凄さを感じました。

トラックがいっぱいになると、ごみ集積場に持っていくのに同行しました。

集積場は少し離れた山間部にあり、雨が続いてぬかるんで、車がスリップしないように足元には鉄板が敷き詰められています。支援を行った時期は、梅雨最中だったため、2次災害の対策もしなければならないことを感じ、復興までの道のりの長さを痛感しました。また、集積場にはたくさんの家電類や家の材木がすでに集められていて、大きな山がいくつも積み上げられており、ここでも“人々の営みの中心で災害が起こったこと”を感じてきました。

当日はマスクをつけて作業を行いましたが、最初はコロナ対策という意味でつけていたものの、道路に残る土が、車が通るたびに舞い上がり、マスクなしではいられなかったです。水分補給のためにマスクをとると、河川の水が運んできたヘドロのにおいがかすかに鼻につき、日を追うごとの片付けの大変さも身に染みてきました。

文 宅配:川嶋 俊彦

今回が初めての支援活動だったため、行く前は私でも役に立つ事が出来るかどうか、作業をされている方々の邪魔にならないかなど、不安な点が多くありました。しかし、反後の「私がいるから大丈夫」という言葉に励まされ、一緒に参加してきました。

道中、途中までは被害を受けた様子はありませんでしたが、人吉に近づくにつれ、川が増水したことにより地面がえぐられ、ギリギリで建っているような建物が目に付くようになり、人吉市内に入ると泥まみれの家具や同じように支援に来た方が目立つようになってきました。その様子は、実際に行くことでしかわからない迫力がありました。

しばらくして西さんの家に到着しました。その付近の家すべてが浸水、倒壊していました。今までの私なら写真でしか見ることが無かった光景が目の前に広がっていて驚きました。最初に燃えるごみを運びましたが、水を吸って紙類が重くなっていた事と、泥の中に埋もれているものもあったため運ぶだけでも一苦労でした。次にお米の回収をしました。泥の中に散らばっていたお米から芽が出ているところを発見し、改めて生命力の強さを感じました。

昼食を終え作業に戻ると、次は家屋の泥の掃除をしました。泥をスコップで掻き出し、一輪車に乗せて運ぶのですが泥が水を含んでいるため重く感じました。また、クローゼットとトイレには泥が固まってまるで地面のようになっていました。スコップを入れてみると地層のような厚い泥が現れるくらいでしたが、最終的には木の床が現れる程掃除ができて良かったです。

今回人吉にうかがったのはほんの一日の数時間でしたがとても疲れました。やってもやっても次の作業があり、毎日作業されている方の体力面もきついと思いましたが、精神面も非常に辛いものがあるのではないかと感じました。

現場に伺うことができなかったとしても、精神面や体力面の辛さをやわらげる支援の方法がなにか欲しいと思いました。

文 本社:高山 麗